「燕(つばめ)」は英語でswallowと言う。日本では春から夏にかけてお馴染みの鳥であるが、当塾の単語の試験においてもお馴染みの鳥(単語)である。見出し語の欄にswallowとあり、その横の意味欄には「1:を飲みこむ 2:燕」と書いてある。こちらとしては、まずは「燕」よりも「飲みこむ」を覚えて欲しいので一義目に「飲みこむ」を持ってきたのだが、生徒の心理からすれば「つばめ」の方がはるかに覚えやすいのだろう。悲しいかな、(「飲みこむ」を無視して)「つばめ」の方を回答欄に書く生徒があとを絶たない。そのテストの返却時に「次からは『飲みこむ』の方を書くように。というか、せっかくなので『つばめ』も『飲みこむ』も両方とも書こう。あっ、ちなみに『つばめ』は漢字で書かなきゃ減点ね!」と釘をさしておくのが、毎年の習わしになっている。
たしかにswallowという1つの単語に、「飲みこむ」と「つばめ」という全く関連性のない意味があることは不思議であり、また学習者泣かせでもある。同じ多義語であっても、それなりに説明のつくものはいい。例えば、sanctionという語には「制裁」と「認可」という真逆のような意味がある。私自身この単語と初めて出くわしたとき、思わず溜め息まじりに「どっちやねん…」と心の中で呟いたほどである。ただsanctionの-san-は、sanctuary「聖域」、sanitation「公衆衛生(聖なる状態)」、insane「正気でない(聖なる状態でない:inは否定)」にあるように「聖なる」を意味する。つまりsanctionとはそもそも「神の聖なる審判」の意味であり、その裁きが「よし、許す!」の場合は「認可」の意味になり、「許さん!」の場合は「制裁」の意味になるわけだ。このように根っこが繋がっていれば、逆の意味であってもそれなりに納得がいくのである。
しかしながら、このswallowに関してはお手上げである。もちろん「ツバメ」も餌やら何やら「飲みこむ」だろうが、それなら別にスズメだってヒバリだって良いではないか(ちなみに「スズメ」はsparrowといって、これまた似ていてややこしい)。むしろ「ツバメ」なんて雛にエサをやる為に、一度呑んだものを吐き出してるイメージの方が強い気さえする。「そういうものなのさ!」 「肩の力を抜けよ!」と、カナダでもよくネイティブに言われたが(はぐらかされたが)、こういう時にだけ何故か、私の中の「きっちりしい」の虫が騒ぐのである。
全ての英単語に対して、正しい情報に基づいた明快な説明ができるにこしたことはないが、残念ながらそれは不可能である。正直に言えばネイティブに「なんで(この場面で)この単語を使っちゃダメなの?」と尋ねたことの5分の1くらいは「そんな言い方はしないから」「何となく違和感があるから」としか返ってこない。言語の習得には得てしてそういうグレーでシビアな側面がつきまとうものであるが、そういう時にはその語にまつわる「簡略化した語源の話」「トリビアな小話」「カナダでの失敗談」「語呂合わせ」などを披露して(お茶を濁すようにして)いる。少なくともそうすることで、無機質なアルファベットの並びに見えてしまう英単語に、何かしら「個性を見出す」ヒントになるかもしれないからだ。
これは、担任が新学期になってまずクラス全員に「自己紹介」をさせるのと同じことである。彼らはそこで語られる趣味や特技、部活動での活躍、ユーモアのセンスなどをヒントに、一刻も早く生徒全員の顔と名前を一致させ、また大まかな人となりを掴まねばならない。英単語も右に同じである。読解中にある単語に出くわして、「こいつ誰だっけ?見かけたことはあるんだけど…」と5秒経ってその名前(意味)が出てこないようならアウトである。
例えば、先程の"swallow"に関していえば、少しでも印象に残るように次のような話を授業でするかもしれない。
プロ野球の「ヤクルト・スワローズ」というチームを知っているよね。その球団マスコットが燕の「つば九郎」なのは、swallows(スワローズ)がそもそも「燕」を意味するからなんだ。あと「ヤクルト」と言えば、整腸作用のあるビフィズス菌飲料として有名だね。あれって量はかなり少ないけど、ごくごく「飲みこむ」ものだよね。僕はヤクルトが好きなので、もっと2リットルサイズとか出ないかなと思っている。あるいはファミレスのドリンクバーに並んでたら最高なんだけど。え?ビフィズス菌の過剰摂取で逆にお腹が痛くなる? と、とにかく…、以上のことから分かるように、このswallowという単語は「燕がヤクルトを飲みこむ」と覚えよう!
生徒:「なんだよ…親父ギャグならぬ、先生ギャグか…聞いて損したぜ」みたいな気まずい沈黙が流れる。
おっ…面白いくないことは分かっている。だけど、このように、こじつけて覚えることも大事なんだ。もしかしたら「ヤクルト・スワローズ」という球団名も、当時の社長あたりが相当ダジャレ好きでそのように名付けたのかもしれない。部下や役員たちの反対を押し切ってね。だってそうじゃないと、周りが「虎」「龍」「巨人」「星(以前は鯨)」の中にあって、「燕」はありえない。「鯉(カープ)」も酷いけど、最近は1億円する錦鯉もいるらしいし、燕よりは貫禄あるしね!
あとそれとね、日本語で「飲みこむ」ことを「嚥下(えんげ)する」と言うの知ってる?その漢字をよく見てごらん。燕がいるよね。理由はまったく分からないけど、英語だけではなくて日本語でも同じように「燕」と「飲みこむ」はなぜか結びついているんだ。このような現象をsynchronicity(偶然の一致)と言うけども、例えば他にも「タヌキ寝入り」のことを英語ではfox sleep(キツネ寝入り)と言ったりする。面白いよね!
というように、たったswallow一語だけでも話はつきないし、これで二度とswallowのことは忘れないだろう。ただ、脱線のし過ぎには注意しなければならないが。