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2015年1月28日 (水)

中高一貫教育について

 通ってくれている中学生には、中高一貫校に通う生徒が多い。6年と言う長期的な見通しで、腰を据えて指導を行えるのはよいことである。また高校受験に時間を割くのは時間の無駄だからという考え方もある。学校側の見通しに誤りがなければ、6年間一貫した指導を行うことによる恩恵は確かにあるのだろう。

しかし、中高一貫校に傾倒する風潮には少し危険な香りが漂う。果たして世間でうたわれている魅力通り、あるいは各校がうたう宣伝文句の通り、うまく機能している学校がどれほどあるだろうか。どんな良薬にも効能に伴う副作用があるように、中高一貫校の魅力にも、副作用が潜んではいる可能性は完全には拭えない。

魅力の1つに挙げられる「高校受験に時間を割かない」ことは、本当に良いことなのだろうか。高校受験やそれに伴う受験勉強とは、学力的にも精神的にも成長を促す絶好の機会になる。紆余曲折あるだろうが、受験勉強を通して、中学3年間の内容を総復習し、学力を現状のピークにまで上げることができる。このように、高校受験とは学力の成長期としての役割を果たしてくれる。

また、受験期には、精神的甘さや精神的未熟さも露わになる。そして自分というものを俯瞰的に、内省的に見つめ直すことになる。忍耐を強いられ、挫折を味わい、焦燥に駆られ、度重なるストレスやプレッシャーに鬱屈することもある。このように辛く苦しい時期なのだが、人間的に成長するためには、敢えて人生のどこかで経験しておくべき試練なのだと思う。

中学3年間、どれだけ臭いものに蓋をしてきても、受験が迫れば無理やり蓋を開けられて、現実を突きつけられる。その時は悲劇かもしれないが、その後に控える大学入試や長い人生を考えれば、まだ見直しや修正がきくだけよっぽどましなのである。

中高一貫校はどうか。たとえ高校受験がなくても、それに代わる何かがあればよいのだが、上述したような気付きが得られないまま高校に進学できてしまうところが少なくない。大学受験の年になってようやく気付いても、過去6年間の内に積み上げられた負債は、そう易々と返せるものではない。

中高一貫校がダメだと言うのでも、従来の中高分離教育の方が優れていると言うのでもない。高校受験のような学力の成長期が必要不可欠だと感じているのである。当塾だけではなく、世の中を見渡しても、その成長期を逃したんだろうなという中高一貫校の生徒が意外に多いことに驚かされる。

中高一貫校に通うのならば、その魅力を思う存分に享受したらいい。しかし享受して満足するだけではなく、より抽象度の高い視点から現状を冷静に見つめる目を持ち続けなければならない。そして、どこかで弱点や問題点に気付くことができたならば、手遅れにならないうちに対処すればよいのである。

人生における中高6年間というのは、その長さだけではなく、質、密度的にみても非常に貴重であることは言うまでもない。それ故に大切に扱わなければならないのだが、「学校に任せておけば大丈夫」みたいな安堵感に浸りきってしまうのは、責任放棄のようで感心できるものではない。その通りに従うだけでよいマニュアルや、勝手に大学まで運んでくれるレールなどはないのである。

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