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2015年3月 6日 (金)

英作文の鬼になる

カナダ時代、自慢じゃないがessay(英作文)の評価は良かった。文法や語彙は十分使いこなせていたし、取り上げる題材や切り口が面白いともよく言われた。しかしながら、唯一苦手なことがあった。それは「論の運び方」である。

英語のessayでは、日本のように起承転結のような論の運び方や、結論を最後まで隠したり、どん伝返しをするような書き方を嫌う。一般に日本語の(日本人の)論理展開は渦巻き型と言われ、ぐるぐる回って何が言いたいのか最後まで分からないと揶揄される。一方英語の論理展開は直線型と言われ、論の配置や展開が極めて秩序立っている。

英語の場合、真っ先に結論を述べて、その後の段落で根拠や具体例を述べて補強していく。すっきりして読みやすいのは認めるが、私はこの方法が大嫌いだった。序盤で結論を述べてしまうのは、いきなり種明かしをしているようで、どうも好きになれなかったのである。

当時、無鉄砲だった私は、その論じ方を無視して、意図的に起承転結で文章を組んだり、日本人(私)好みの変則的な展開で書いたりした。その予測不可能な流れの方が美しいと思ったし、展開の仕様にこだわることで書いた人の個性が生まれ、また読者に与える印象が変わるのではないかと思ったからだ。

しかし、英語論文では、複雑な話の展開は必要なく、むしろそれらは論を曇らせるものとみなされる。毎日のようにessayの課題が出されると、次第に私の反骨精神は消え失せて、素直に英語論文の展開法で書くようになっていた。多忙のあまり無駄なものを削ぎ取っていくと、自然とそうなっていたのである。

幸か不幸か、日本の大学入試の英作文では「論の運び方」のようなものは問われない。問われるものは、「英作文」という名の「翻訳作業」である。最近になって自由英作を出題する大学が増えたが、そこまで論の運び方にはうるさくないようだ。

残念ながら、当塾でも英語論文の展開法までは指導できない。生徒の英語力がそこまで追いついていない問題と、Speakingと同様に受験に必要のないものとして後回しになるからだ。もちろん受験で頻出の英訳問題や自由英作は力を入れて行う。

英作文用の型(文法・語法や表現)はある程度覚えなければならない。Speakingもそうなのだが、英作文と言っても全くの無から書くわけではない。よく使う型を蓄えておいて、臨機応変に引き出して使う。私自身、英語を話す際は、使いたい表現をいくつか引っ張り出して都合よく接合したり、一部を変更したりしているだけで済ますことが多い。

日本語でも実際はそうで、誰しも口癖やよく使うフレーズ、決まった型のようなものを持っていて、知らず知らずに使っている。喋り慣れないことを言おうとすると噛んだり詰まったりするのはそのためだ。ゼロから文章を作ることは意外と少ないのである。

今年はこれまで以上に英作文に力を入れたい。基本は①「型を覚えること」と、②「どんどん書くこと」の2本柱である。②の方では、解答例を示すだけではなく、回収して1人1人の解答にチェックを入れる。頼むから、動詞に三単現の"s"が抜けていたり、1つの文に動詞が2個入っていたりするミスはやめて欲しい。

英作文もSpeakingと同様に発信型の英語であり、両者の違いは文を組み立てるプロセスに充てられる時間の差である。極力短くして口から発すれば、それはSpeakingになるわけだ。将来英語が話せるようになりたいのなら、今のうちに英作文の訓練をしっかり積んでもらいたい。

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