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2015年5月13日 (水)

アタマを干す?

最近の和英辞典のできの良さには驚かされる。私が学生の頃は悲惨だったが、その当時に比べて本当に良くなった。

生徒に「和英辞典を持っている?」とは訊かない。「和英辞典を何冊持っている?」と訊くことはある。そして間髪入れずに、「どこにある?」「各部屋に一冊ずつ置いてる?」「トイレにもある?」と畳みかける。半分冗談だが、半分本気である。鉄は熱いうちに打てというように、疑問を持った時が学習の旬だと思っている。

必要以上に買う必要はないが、ここ1か月を振り返ってみて和英辞典をどれだけ使っただろうか。「枕に」とか「重しに」とかいう往年のギャグはいらないし、授業や課題で引かされたというのも含めない。好奇心に駆られて、自ら和英辞典を手に取ったことがどれだけあるかということである。

新しい言語の習得とは、本来「これは(英語で)、何て言うのだろう?」という疑問の連続であるはずである。話せるようになりたいと望むのなら、なおさらだろう。そのような疑問や好奇心から辞書を引いて調べた語彙は、単語集などで無機質に覚えるよりも何倍も鮮明に記憶に残る。

数日前、ある高校生のクラスで「シャーペンの芯」って何て言うの?と聞いてみたが、一人として答えられなかった。「人類学 anthropology」や「地中海 mediterranean」のような難しい語を尋ねたわけではない。おそらく皆が毎日使っているものである。それにもかかわらず出てこない。

こういう時にいつも思うのは、これまでに気になって調べようとは思わなかったのか、ということである。厳しいようだが、「英語を使いこなせるようになりたい」、「〇〇大学に受かりたい!」と言うわりには、意識も設定したハードルも低いように思われる。ちなみに「シャーペンの芯」は、a leadという。

現に良くできる生徒ほど、様々なことで疑問が浮かび質問が多くなる。彼らは、同じ意味の語(類義語)に出くわすと、「どう違うのか?」を徹底的に知ろうとする。一方で、意識の低い生徒は、取り敢えずイコールで結んで一括りに覚えてしまおうとする。例えば、「許す」という語を、allow=permit=forgiveとしたり、「さらに」という語をbesides=what is more=moreover のようにして覚えてしまう。これは本当に最悪で、百害あって一利なしである。

逆の立場、つまり英米人の立場になって考えてみたらよい。辞書に「乾かす」も「干す」も"dry"とあるから、「干す」=「乾かす」と覚えてしまう。そして実際の生活で、「雨に濡れたので頭を干しました」と言ったらどうだろうか?聞き流せるレベルのミスではないはずだ。

効率だけを求めて全ての語を=で結ぶと、このような事態に陥る。どういう場面で使用するのか、後ろにどのような形を伴うのか、どのような語と結びつきやすいのか、文語調なのか口語調なのか、といったことをきちんと理解することが大事である。それぞれの語の個性をしっかり掴まなければならない。

一応、allow=permit=forgiveが どのように違うのか挙げてみると、"allow"は事前の行為に対して、「やってもいいよ」と個人的に許可を出すこと、"permit"はallowと似ているが、個人的にではなく組織(学校や役所)が規則にのっとって許可を出すこと、一方で"forgive"は、「昨日のミスは許す」のように事後のことを「容赦する」ことである。

学生時代、辞書は「手垢がつくまでひけ!」や「ひき潰せ!(今思うとスゴイ表現)」と言われた。また、調べるのではなく「読め!」や調べた箇所は千切って「食え!」などと(冗談で)言われたこともある。ぜひ、辞書との付き合い方をもう一度考え直してみて欲しい。

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