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2015年9月 4日 (金)

「くそ」のはなし

「鉄道は基本ホワイトだけど、東急はくそらしいよ」

SUBWAYでサンドイッチを頬張っていると、就活中の大学生だろうか、リクルート服を着た二人の女子が近況を報告しあっている。ホワイトとは今流行りのホワイト企業のことであろう。

この近くにBenesse(ベネッセ)本社があるが、顧客名簿流出の事件を機に、一躍ブラック企業と揶揄されるようになった。真偽のほどは分からないが、"Benesse"のbeneとは、benefit「利益」にもあるように「良い」という意味である。また-esseは「存在」という意味で、例えばessay「エッセイ」とは「己の
存在を示すもの」である。よって社名のBenesseとは「良い存在」という意味であり、これでブラック企業だと言われると何とも皮肉なことになってしまう。

話は戻るが、上の就活生に限らず最近の若者は「くそ」をよく使う。生徒の中にも、「試験はどうだった?」と聞くと「くそでした」とか「くそみそでした」という生徒がたまにいる。丁寧語の中に突如表れる「くそ」には非常に違和感がある。もちろん、相手を馬鹿にして言っているつもりはないのだろうが、聞くに堪えない。

英語でも、fucking coffee「くそまずいコーヒー」のようにfuckingを名詞に冠して使うことがある。バスに乗っていても、喫茶店で勉強していても、ネイティブ達の会話には少なからず
fuckingが飛び交う。本来の性的な意味合いは薄らいで、「最悪な」のような強調語として使われている。「それならば私も」と使おうとしたことがあったが、ESLの教師やホストファミリー、友人に至るまで、「使ってはいけない!」と子どものように窘められた。

「言語は退化することはなく、ただ変化していくもの」と竹岡広信先生は仰っていて、私もその通りだと思う。「最近の若者は言葉遣いがなっとらん!」と言うのは年寄りの言いがかりで、自分を中心に世の中を見ているからにすぎない。
その年寄りも若い頃は、その当時の年寄りから言葉遣いを非難されていたはずで、おそらくは枕草子の時代から永遠と繰り返されている小言なのであろう。言葉が変化するのは自然の成り行きなので、言葉遣いには寛容なスタンスでいたいと思う。

それにもかかわらず、「くそ」と聞くとなんとも胸くそが悪くなるのはどういうことだろうか。年をとったからか、言葉に携わる仕事をしているからだろうか。「くそ暑い」や「くそ不味い」は、ひどく耳障りである。「ら抜き言葉」や「全然だいじょうぶ」のような誤用はまだ構わないが、「くそ」だけは勘弁してほしい。清少納言なら、「わろし」という間もなく卒倒するだろう。

そうではない「くそ」もある。私が高3でセンター試験を受ける直前、恩師の竹岡先生から「これを握りしめて頑張れ」と、鉛筆を1本いただいた。持ち手のところが平面に削られ、そこに先生の字で「なにくそ!」と書かれていた。決してきれいな言葉ではないが、北野天満宮のお守りよりも、よっぽどご利益のありそうな気がした。「『くそ』を贔屓をするな!」と言われればそれまでなのだが、その「くそ」だけは本当にありがたい代物だった。

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