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2015年10月23日 (金)

英語で日記

カナダにいた最初の2年あまり、大学ノート(をわざわざ日本から取り寄せて)日記をつけていた。英語力を一分一秒でも早く身につけたいという足掻きのようなものだったが、それ相応に英語力は伸びたと思う。当初は辞書を引きまくって、場面や状況に適切な語句を選択し、正しく使用することを心がけた。次第に、不自然さの無い論理的な文章を意識するようになり、最終的には使ってみたい語句を試してみる実験的な場となった。

書いたものは、教師や友人に1週間に一度、まとめて添削してもらっていたのだが、いい歳の大人(おっさん)になって、日々連ねた心情を他人に見られることはこの上なく照れ臭さかった。恥ずかしくて触れて欲しくない箇所を、真面目な顔で「これはどういう意味?」などと聞かれると、目を泳がせながら"Never mind.(気にしないで)"と言うしかなかった。

最近になって、中学2年生で英作文の課題を出しはじめた。文量は週に最低1ページで上限はない。提出してもらって次週の授業で添削したものを返す。書く内容は、日記でも、世の中への不満でも、授業の愚痴でも、親子の確執でも、とにかく何でも構わない。というか、英語で愚痴や不満などが言えるようになれば大したものである。論理的な文章が好ましいが、内容には干渉しないので、自由に書いてくれればよい。

私は英作文における間違いを「地雷」と呼ぶ。英作文とは別解が多数存在し、比較的自由度は高いはずなのだが、受験生でさえ見事なまでに数少ない地雷を踏んでしまう。よって、中学2年生の書くものが、地雷を踏まない訳はなく、むしろ踏みまくっているはずなのは容易に想定できる。今のうちに踏むだけ踏んで、地雷を嗅ぎわける嗅覚を養ってくれればと思う。

回収したノートの1冊に手を伸ばすと、その表紙にマジックで「Daily」と書いてあった。おそらくは「Diary」の間違いなのだろう。ノートを開く前から地雷を踏んでしまったわけだが、受験生のものと比べて悪意がなくて清々しく思うのは気のせいだろうか。その生徒は、非常にやる気のある生徒で、最長5ページにわたって課題をこなしてきた。そのような優秀な生徒であることを述べて、フォローとしたい。

現中2の生徒は学習意欲が高いので、うるさく言わずとも継続してくれると確信している。中学生である彼らが、大学受験や就職時のことを見据えるのは、あまりにも先のことなので難しいとは思う。しかしながら、必要に迫られたときにすぐに身につくものではないということ、手間と時間をかけて少しずつ段階を踏んでいくものだということ、その長い道のりの初めの一歩を踏み出したのだということ、をどうか肝に銘じてほしい。厳しいようだが、その場しのぎなら、はなからやらない方がましである。

当塾は25を越える様々な中学、高校から生徒が来てくれている。しかし、そのほとんどの学校で「コミュニケーション英語」がうたわれているわりに、例文暗記などの表面的なポーズだけで、ほぼまともな英作指導は行われていない。1つには、生徒の書いた英文を診ることのできる教師が極めて少ないという実情がある。また、テキストに付随する指導書の別解をいくつかあげて終わりにするのではなく、生徒の答案をなるべく活かして改善法を示してあげる指導が必要だろう。それは手間と時間のかかる大変な作業なのだが、そこで面倒臭がったら教師は終わりである。

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