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2016年12月19日 (月)

アリとキリギリス

ほとんどの昔話には道徳的教訓があり、登場人物には悪者というか、そうなりたくない方がいる。「花咲か爺」や「舌切り雀」、「おむすびころりん」などの悪い爺(婆)さんしかり、「三匹の仔豚」や「七匹の子ヤギ」の愚かな兄弟たちしかり、そして「ウサギとカメ」や「アリとキリギリス」のような人間の道徳の犠牲となった哀れな悪役たちもまたしかりである。このように例を挙げると、洋の東西を問わず枚挙に暇がない。

その中でも、冬になると「アリとキリギリス」の話が頭をよぎる。受験の迫ったこの時期にキリギリスにはなりたくないものであるが、どう見ても「最近までバイオリン弾いていたよね」という受験生が必死に越冬(受験)の準備に追われている。正直、始めからアリという生徒はまず存在しない。というか現実の世界においては、おそらく皆キリギリスなのであり、肝心なのはいかに早く自分がキリギリスであることに気がついて、心を入れ替え冬に備えるかである。

一番たちが悪いのは自分はアリだと信じ込んでいるキリギリスであるが、これはさすがに受験生の中には少なく、主に高1高2生の中に多く分布している。当塾生においても、塾に通っていることで自分はアリだと安堵し、キリギリスの日々を謳歌している者も残念ながらいるようだ。

なろうと思えば、本気になれば、いつでもアリになれると思うのは勘違いである。高2生は受験まであと一年。特に上位の大学を受験しようと考えているならば、雪辱に燃える浪人生たち相手に「1年間」というハンディキャップを背負って戦わねばならない。新学期が始まる前に英語と数学は完成に近づけたいし、社会と理科はテキストや問題集を揃えて本格的にスタートを切る時期だ。そして夏休みには完成させて、9月の模試で結果が出るようにしてほしい。

高1生はあと2年。あと2年もあると考えるのは自由だが、今年1年が尋常ではない速度で過ぎ去ったのを痛感したはずだ。これからの2年はさらに加速度を上げるのは言うまでもない。またこの1年で自分がどれだけ成長したかを振り返ってほしい。この1年×3倍の成長や頑張りで、はたして希望の大学に受かるだろうか?「このままなわけではない」と反論を買うかもしれないが、意外と「このまま」で終わることが多いというのも人の性である。

先日も知らぬ受験生の親から(本人ではなく)電話があって、今さらながら受験のことで困っている、相談にのってくれないかというものだった。棺桶に片足を突っこんだ状態で「急患です」と駆けこまれても、もはや治療の施しようがない。アドバイスにしても、「来世があればもう少し早く病院にかかるようにしてください」としか言えないのである。

(口ではブーブー文句を言いながらも)結局そのお母さんと本人に会うことになったのだが、自分自身の進路のことなのだから自分で電話をしてくるとか、せめてマニキュアくらい落としてくるとか、正しく敬語を使って話すとか、自分の立場どころか最低限の礼儀作法も知らないのは、もはや同情の余地なしであった。

その生徒は(受験も済んでいないのに)「どこでもいいから留学したい」と言っていた。「日本の恥になるからやめてくれ。というか、せめて、時間を割いていただきありがとうございました、と言えるようになるまでは日本から出るな!」と心の中で叫んで、本人には「まあ頑張ってね」と大人な対応をした。日本では多くの権利が与えられ、また保障されている。彼女には海外に留学する「権利」はあるのだが、その権利を行使する「資格」がない、そんなことを強く思わされた。

物語のキリギリスは働き者になることをアリに約束し、食料を分けて貰ってめでたく冬を越すことができた。現実の世のキリギリスたちはどうだろうか。物語のキリギリスのように、タイミングよく慈悲の手が差し伸べられるとは決して限るまい。誰しもが望み通りにハッピーエンディングを迎えるほど、世の中はそう甘くもなければドラマチックにもできていないのである。

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