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2017年1月22日 (日)

壁は己自身

今年のセンター試験も終わった。塾生の自己採点による英語の平均点は174/200点だった。そこまで進学校でもない高校の生徒達が9割(180点)を越える点数をとってきたのは誇らしく気持ちがいいのだが、全員が8割(160点)を越えたわけではなく、また全ての教科を揃えきれなかった者がいたのは残念である。

それにしても本当にあっという間である。
「センターまで100日きったね!」などと言っていたのに、いつの間にやら過去へと流れ去ってしまった。などと表現すると、映画「カサブランカ」の"A lot of water under the bridge”という台詞を思い出す。文字通りには「たくさんの水が橋の下を流れた」ということだが、つまりは「あなたに会わない間いろんなことがあった」という意味である。字幕も確かそんな感じだったと思う。

ただし、この台詞には元になっているイディオム"water under the bridge"があって、それは流れる「時間」を「橋の下を流れる水」に喩えたものであり、悲観的に「過ぎ去った過去は
決して元には戻らない」ことを意味したものである。だから映画の「いろんなことがあったね」という言葉の裏には「もう元の関係には戻れないんだよ」という諦めの情が窺えるのである。

受験生の中には時が止まったかのようにショックを受けて固まり、センター試験と共に過去へと流されてしまう者がいるようだが、それではいけない。センター試験は流れ去ったのである。後悔しても二度とは戻るまい。
受験生は未来へ(次の試験へ)と、流れに逆らって泳ぎ進まなければならない。

このように"water under the bridge"は本来「覆水盆に返らず」のような悲観的なイディオムなのだが、以前ある生徒に意味を聞いたところ
「過ぎたことは水に流してやる」と言われて、「それはありがとうございます。・・・なんでやねん」とノリ突っ込みをして(恥ずかしくなって)しまったことがある。クラスが爆笑に包まれたかどうかはさておき、心の中で妙に納得してしまった記憶がある。確かに視点を変えればそのようにポジティブな解釈もできなくはない。

センター試験後、分かってはいてもモチベーションが下がってしまったり、勉強のペースが乱れたりする。思うような点数を採れなかった者はなおさらで、後悔や自責の念に駆られたり、焦燥や不安に襲われたりして勉強が手につかない。そんなこんなで日々の勉強の質量が落ちてしまうと、さらに合格の可能性を下げてしまうことになる。そのような負のスパイラルに陥らないためにも、一度すっぱりと「水に流す」ことが重要だ。

世の多くの受験生たちが、センター試験の結果に一喜一憂し、先ほど述べたような不安定な状況に陥っていればこそ、見方を変えればそれはチャンスでもある。後方から末脚を伸ばしてきて鼻の差で勝利するのは何も競馬だけの話ではない。受験は負けたら終わりではない。走るのをやめたら終わりなのである。まだ足に余力は残っている。最後まで諦めずに走り続けることだ。自由英作が必要なものは個人的に指導していくし、持ってきてくれればいくらでも添削する。ゴールラインを切るまでは老骨(?)にムチ打って頑張るので、とことん私をこき使ってくれればいい。

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