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2017年3月 6日 (月)

No News Good News?

「便りのないのは良い便り」というのは、受験に限って当てはまらない。便りがないのは基本悪い知らせである。もちろん面倒くさいやら気まずいやらもあるだろうがたいていはそうである。逆説的に言うなら、良いニュースは喜びを分かち合おうとして真っ先に伝えられる。

今年の受験戦争も終息に向かっているが、戦況が芳しくなくても、あるいは既に白旗を掲げ戦線を離脱していても、とにかく息災ならばメールで良いので連絡を入れてほしい。医学部を目指して浪人しているM君も、一段落したら
ぜひ連絡してほしい。このまま音信不通で行方知れずというのは、縁が切れてしまった感じがしてなんか涙が出そうである。知る人ぞ知るというか(知らなくてよいことだが)、私はこう見えてけっこうセンチメンタリストなのである。

いずれ結果の分かった分はブログ等でお知らせする。
他の塾や予備校では大きく壁に貼り出したり、顔写真付きのチラシを撒いたりするところもあるようだが、どうも節操なく映ったり、デリカシーに欠ける気がして私にはできない。結果に満足している生徒は問題ないだろうが、そうではない生徒を同様に扱うのは、京都三条河原のさらし首のようでどうも気が引けてしまう。

もちろん塾や予備校がまったくの慈善事業ではなく、限られた(というか縮小しつつある)市場の奪い合いだという側面を考えれば、誇大広告というか過度なアピールは仕方ないのかもしれない。けれども、そのスポットライトの陰には少なからず悔し涙を流した生徒がいるわけで、良い成果を誇るのなら、悪い成果に対しての自覚と責任をも省みるべきであろう。

私自身、合格に対して嬉しい気持ちはあれど、そこまで
心は揺さぶられない。本人の努力が実を結んだだけで私の力によるものだとは到底思えないからである。これは謙遜ではなくて、他人の功績を自分のもののように誇るのは、まるで自らが寄生虫か何かにでも成り下がった気がして情けなく、いずれ天罰が下りそうな気さえする。一方でうまくいかなかった受験に関しては、自分でも驚くほど自責の念に駆られてしまう。一生引きずってしまうのではなかろうかと思うほどである。この時期、寝つきが悪かったり、寝つけても夢の多い浅い眠りになってしまうのもそのせいではないだろうか

数日前、都立高校の合格発表があった。数年後、彼らが大学入試を間近に控えたときに、高校受験の英語がいかに中途半端で程度の低いものであったかを理解するだろうし、そんなものによくもまあ一喜一憂していたものだと馬鹿らしくなる(かもしれない)。それくらいに大学受験とは高く険しい山であり、高校3年間という限られた月日の中で劇的な成長を遂げなければならないのである。

3月4日から新学年、新体制で授業が始まる。新高1生の入塾希望者も連絡をいただいている。1年生に関しては3月中が移行期間だと考えていて、これと定まった開講日は設けていない。一応15日から現中3生が高1Aのクラスに移る。体験授業を希望する方もいるのだが、一回の授業で1人しか受け入れられないので、場合によっては待ってもらわなければならない。また、定員のような大げさなものはないが、空席が無くなれば自然と受け入れることはできない。

当塾は能力よりも努力を重視する。よって単語試験などにはうるさい。脳に障害があるなら話は別だが、できない者(サボる者)には容赦なく退塾勧告するので気をつけていただきたい。これも言い古したことだが、英語を学ぶことに際して悦びや楽しさはもちろんある。ただしそれは歌やゲームという一過性のまやかしであってはいけない。努力を継続したその先に、できなかったことができるようになり、腑に落ちなかったものが腑に落ちたりしたときに得られるものであって、当塾の生徒にはその悦びや楽しさこそぜひ味わってほしいのである。

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