フォト
無料ブログはココログ

« 入試結果2017 | トップページ | 高1、春の風景 »

2017年4月10日 (月)

英語の恥はかき捨て

「『シャーペンの芯』は何て言うの?」と聞くと、たとえ駿台の京大クラスの生徒であってもほとんど答えられない。およそ20年前、竹岡広信先生がそのように嘆いていらっしゃったのを思い出した。それから私自身が曲がりなりにも指導者となり、同様の質問をする機会に幾度となく巡り合わせるのだが、やはり誰1人として答えられない。英語教育の改革やら刷新やら声高に叫ばれ続けてきたわりには、20年という年月を経ても何も変わっていないようで悲惨である。

たとえば、"religion"(宗教)や"anthropology"( 人類学)のような難単語につまづく受験生はいない 。しかしながら、机の上にある文房具を手に取って「これ何て言うの?」と聞くだけで、難関大志望の受験生であれ一考してはみるもののもはや苦笑いするしかない。なので、私の方も苦笑いするしかなく、その場は気まずい空気に包まれる。

ちなみに「シャーペンや鉛筆の芯」は"lead"という。読み方は「✕リード」ではなく「〇レッド」である。leadとはそもそも『鉛』のことだと言うと、「そうか鉛筆の芯は鉛でできてますもんね!」となるのだが、そう世の中はうまくできていない。現在、鉛筆の芯は鉛ではできてないのである。黒鉛(炭素結合によるものであり鉛とは別物)と粘土を混ぜてできている。鉛が人体に有毒であるという事実を鑑みれば至極当然だろう。

ところで今年は中1のクラスを設けないことにした。とりあえずは学校の授業にしっかり遅れずについていけば大丈夫という楽観的観測によるものである。もちろん呑み込みの遅い早いはあるだろうが、そこまで大きく差が出るほどの内容ではない。仮についていけないという事態になればそれは努力かやる気が足りないのである。問い合わせもいただいていて申し訳ないのだが、中2からの参加をお待ちしている。厚かましいが、できれば英検の4級~3級を取得してくれていると指導が楽で助かる。

一方で、中3のクラスは人数が増えてきたので2つ設けることにした。中学対象(高校受験)の塾は供給過多のようで私の出る幕はなかろうと思いきや、意外と先見の明というか大学入試を見据えての問い合わせがある。もちろん本人自身が不安を感じて応募してくるということはまずないから、その親の必死な叫びが生徒のやる気と直結しかつ代弁しているとは限らない。むしろ逆で、どれだけ病状が深刻であることを繰り返し宣告しても当の本人は馬耳東風であることが多い。

中3クラスを2つ設けるのは、現通塾者と途中入塾者との間に力の差があるからである。現クラスの数人が次回の英検で2級を受験するらしい。そのうち一人は早朝の「NHKラジオ英会話」を毎日欠かさず聞く猛者(もさ)であり、リスニング・セクションでは点を落とさない。私自身、学生の時分にチャレンジしたことはあるのだが、テキストを購入した時点で満足してしまい、実際の放送を一度も聞かぬままチャレンジは終了してしまった。

とにかく、入塾希望者が体験授業を受けに来てくれるのは有難いのだが、その度に肩を落として帰っていく姿をみるのは忍びない。最初に電話口で、「うちの生徒たちはよくできるものでして」ともなかなか言えるものではない(実際には、彼らができるのではなく他ができないのだから)。
わざと難しい問題を避けて基本問題ばかりを当てるようにしたこともあるが、その接待のごとき不正があまりにも露骨すぎたり、それさえ答えられないときにもはやフォローのしようがなくなったりと、ただただ気まずい空気が流れてしまった。

ちなみに、
この「気まずい空気」を英語では"pregnant silence"という。直訳は「妊娠した沈黙」で、ズバリ気まずさを「孕んでいる」からである。カナダでこの表現を知り得たのは、多国籍の人々を前にしょうもない冗談を披露してはpregnant silenceを量産してしまった自らの苦い実体験による。こういう身を削って得られた表現は決して忘れることはない。なので当塾の生徒諸君も、「シャーペンの芯」が英語で分からないことを堂々と恥じればよい。そして私になじられたりボロクソ言われることにより、一生忘れることはないだろう。

« 入試結果2017 | トップページ | 高1、春の風景 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1699445/70150262

この記事へのトラックバック一覧です: 英語の恥はかき捨て:

« 入試結果2017 | トップページ | 高1、春の風景 »