クリスマス前の悪夢
カナダに来て2年目の年の暮れ、確かクリスマス間近の夕方だった。いまだカナダの冬に馴染むことができず、(体調を崩し)便器に顔を突っこんでゲーゲー吐いていた。
カナダの冬は寒すぎて、全てのウイルスは生きてはいられない。だから風邪を引かない、と吹聴していた友人がいたが、もしそうだとして、それはおそらく24時間屋外で過ごせばの話であろう。セントラルヒーティング・システムの普及により、どこもかしこも屋内はほどよい温度であり、また滞在地であるウイニペグは内陸にあるので、空気は酷くカラカラである。そしてそのくせ誰も日本のようにマスクをしないので、そこら中ウイルスだらけである。
クリニックの待ち時間の長さを考えると家で安静にしている方がましかとも思ったが、病床時特有の孤独と不安に襲われたこともあり、覚悟を決めてクリニックに行くことにした。服を着込んで外に出ると吹雪である。横殴りにの雪に翻弄され、積雪に足を掬われながら、約10ブロック先のクリニックに向かった。そこに辿り着くまでに野垂れ死んでしまうのではなかろうかと思った。
汗だくになってようやくたどり着き、煌々とした光の漏れる入口のドアを開ける。受付けはクリスマスの飾り付けがされてさながら天国のようだったが、ちらっと奥の待合室に目を移すと悲愴な面持ちの患者で溢れかえっていて地獄だった。受付けのナースに「3時間待ちです」と告げられて、さらなる精神的ストレスを被る。その予測がよい意味で裏切られますようにと、その場に似つかわしくない巨大なツリーを見ては願った。
待っている間、雑誌や本を開く気にはなれず、いかに症状を的確に説明しようか働かない頭であれこれ考えていた。願いが届いてか、予想より1時間ほど早く私の番になった。カナダの診察室は日本のそれよりも殺風景で、白衣を着た医師がいなければモーテル(安宿)の一室のような感じだった。老医師がリクライニング・チェアに深々と座っていて、私の緊張を解くかのごとく笑顔で迎えてくれた。
私の方は、平時ならともかく、体力的にも精神的にも極限状態にあって、普段の緊張を感じる余裕はまったくなかった。生き延びるという本能が、あらゆる負の感情を抑え込んでいたのかもしれない。普段よりも驚くほど冷静に、臆せずにいられたのである。酒に酔った時は英語が流暢に話せるということはよく言われることだが、それに加えて体調不良の時もまた、英語が達者になるということをこのとき悟った。
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