クリスマス前の悪夢 2
前回の続きになるが、老医師の問診に対して、migraine(重い頭痛)、nosea(吐き気)、tonsil(扁桃腺)といった語を使って答えていく。特に「炎症している」は、名詞のinfammationから類推してずっとinflammatedだと思っていたら、直前にinflamedだと判明して危なかった。ちなみに、語幹の-flame-は「炎」のことである。なのでflamingo(フラミンゴ)は「炎のように赤い鳥」ということだろうか。しかしながら、以上のような努力の甲斐も虚しく、医師の診断は"a cold, or maybe a flu."(風邪だね、ひょっとしたらインフルかも)だった。どないやねんである。
カナダの医者がヤブだと言うのではなく(本当はそれも多少あるのだが)、カナダのインフルは日本のものとは少し違う。検査して型を特定したり、自治体をあげて予防接種を推奨したり、タミフルのように特別な治療薬が処方されるわけでもない。もっと広域的な意味で使用され、流行性感冒に限らず風邪をこじらせたものは大抵"flu"となる。しかも医者ではなく個人的判断により「自分はインフルだ」と言う者も結構いて、市販の薬で治してしまう。冬場に"How are you?"と尋ねると、「インフルです」と返されて、慌てて距離を置いたこともある。
話は診察室に戻る。老医師の親しみやすさも相まって、やり取りは至極順調だったのだが、stethoscope(聴診器)のくだりを迎えたときに問題は起きた。聴診器を取り出して私の胸にあてるやいなや、医師はおもむろに"ninety... nine..."と言ったのである。確かに彼は"ninety nine"、つまり「99」と言った。以前"catch up(追いつく)"と"kechap(ケチャップ)"とを聞き間違えて大恥を掻いた記憶がよみがえる。同じ轍を踏まぬよう他の可能性を考慮してみるも、やはり"ninty nine"である。しかしながら、その語が飛び出た文脈がどうしても解せない。
私はどのように反応すればよいのか。老医師が99歳であることを突如アピールしてきて「本当ですか?見えませんね!」と驚いてみせるのが正解なのか。論理的なことを言われた気がまったくしないのだが、こちらの思考が論理的に働かないだけなのかもしれない。いっそのこと、"hundred(100)!"と言ってみようかとも思った。
間を繋ごうと"ah..."と言い続けるのも、もはや限界である。すると、後方の処置室にいた看護師が"Inhale!"(深く息を吸うのよ)と叫んだ。なるほど"ninety~"で息を吸って、"nine~"で吐けということらしい。後日、いろいろ調べてみると、比較的古い表現であり、医師が肺炎の疑いがある場合などに患者にさせるとあった。他の資料にも、今ではあまり使われることはなく、その代わりに「イー」と言わせるらしい。肺炎の疑いがある場合は、それが「エー」に聞こえるとのことだ。どうやら貴重な経験だったらしく、間違っても"hundred"などと言わなくてよかった。
その後のやり取りは放心状態で覚えていない。気がつけば"Take care"(お大事にね)と言われていて、注射は?点滴は?喉にぐりんと塗るやつは?と思ったが、そんな処置が期待できないのは殺風景な部屋を見れば一目瞭然であった。ただ不思議と嫌な気持ちはなかった。急かすことなく私の拙い英語をしっかりと聞いてくれた。それだけで嬉しかった。確か、私がカナダに来た経緯や日本の話なども尋ねてくれたと思う。そんな終始笑顔の好々爺は、白衣ではあったが、私にとってはサンタクロースのようだった。
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