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2019年5月28日 (火)

気まずい沈黙

雰囲気の良い喫茶店で、コーヒーを飲みながらオシャレに仕事をしていると、パリン!と乾いた音がした。どうやら、お婆さんが手を滑らせてグラスを割ってしまったらしい。騒がしかった店内は静まり返り、周囲の客は皆そちらに首を捻ったのであるが、まるで「金縛り」にかかったかのように誰一人として動けない。お婆さんが、ゆっくりしゃがみ込んで割れたガラスに触ろうとしてようやく、少し離れた席のサラリーマンが「危ないから触らない方がいいですよ」と駆け寄って行った。「都会の人間も捨てたもんじゃないよな」と思わせる心温まる光景になったはずなのだが、どうしてもあの「金縛り」が気にかかる。時間にして10秒から15秒くらいだろうか、何とも無視できない「妙な間」があったのである。

すぐに駆けつけることができなかった。躊躇してしまった。その場に居合わせた客の多くが、罪悪感とは言わないまでも、後味の悪さのようなものを共有していたように思われる。私はというと、そんな喪に服した空気に同調することなく、ある小さな奇跡に喜んでいた。先程から読んでいた英文のタイトルが、なんと"Bystander Effect”だったのである。それは「傍観者効果」という意味であり、(詳しくはWikipediaで調べてほしいのだが)まさにその時その場所で私が体感したことであった。もう少しで「 あっ!!」と叫びそうになったし、マンガの登場人物が閃きを得た時のように、私の頭上で豆電球が💡っと光ったのではなかろうか。

"Bystander Effect"の話は、高3の授業で最近やったばかりである。その読解の冊子も終わりに近づいていて、それ以降は、同レベルで文量が1,5倍の物や英検1級の読解を行う予定である。この頃になると英語力とはまた別に、多少なりとも「(素の)語彙力」と「(素の)国語力」が必要になるのは言うまでもない。「傍観者効果」という社会心理学的な用語を知らないのはともかく、「傍観者」という言葉を知らない生徒がいたのは驚きだった。
他にも例えば、経済の話で「中国には巨大な塩の市場がある」の「市場」の意味が分からなかったり(塩専門のスーパーがあると思っていた)、太陽光発電の仕組みの話で「タービン」が何なのか分からなかったり(男性の名前だと思っていた)、砂漠に暮らす部族の話で「灌漑」を知らなかったり(悲しいかな漢字も書けなかった)、ということがあった。そういう私自身も「仰向けになって下さい」と言われると、「ん?(どっち?)」となり冷や汗ものである。なので、人のことはとやかく言えないのだが。

このような時、先程の喫茶店の状況よろしく、その場に「気まずい空気」が流れることがある。これを英語では"pregnant pause"と言う。私がカナダに留学した当初、調子に乗って(シュールな)冗談を飛ばしていたのは以前のブログにも書いた通りなのだが、その後にやって来る「気まずい空気」を幾度も経験したというのは、(忘れ去りたいが)忘れられない思い出である。その際の対応策として、前もって辞書で調べておいた"awkward"(気まずい)という単語を使って、"What an awkward silence!" (なんて気まずい沈黙なんだ!)と言うようになった。それにより自虐的な笑いが欲しかったというよりは、ふわふわ漂う「気まずい空気」を一刻も早く回収したかったのである。

しかしながら、芸人のギャグと同じように、さすがに何度も同じ表現を使用すると鮮度が落ちてくる。ミスを相殺するどころか、下手をすればミスの上塗りになってしまう。そこで(私が日本語を教えていた)Winnipeg大学のカウンセラーに事情を説明してみたら、「笑いなんてなくたっていいじゃないか!」「芸人じゃあるまいし!」「何しに(カナダに)来たんだ?」とか言われて涙が出そうになった。
しかし負けじと「日本人は控え目だと思われがちだが、一部の地域の人間は「笑い」というものにとてもうるさい。水を飲まなければ生きていけないように、笑いがなければ生きていけないのだ。そしてそれは「気まずい沈黙」を死ぬほど恐れることにも繋がるのだ。理解しがたいのは分かっている。けど、そこを何とか頼む…」と力説したら、困り顔で"pregnant pause"という表現を教えてくれたのである。ちなみに、こんなカウンセリングは始めだったらしい。

"pregnant"は「妊娠した」という意味で、そこから「(得も言われぬ空気を)孕んだ沈黙」という感じである。余談だが、一度"A ghost is flying through our classroom!"(霊が通ったよ)と言ってみたことがあるが、まったく通じなかった。あとカナダ人は「流す」ということをしてくれないので、下手なことを言うと「今のはどういうことだ?」「説明してくれないか?」と徹底的に追及され、針の筵と化すので気を付けたほうがいい。このようにモヤモヤした留学初期を過ごしたわけであるが、やがて私の中に英語の回路が出来上がると、長尺な台詞を言うよりも、肩をすくめながら一言"You see"(ほらね…)と言ったり、しかめ面で"Beyond description”(筆舌に尽くしがたい…)と言ったりする方が笑いが起こる(場が上手く収まる)ことを知ったわけである。

現在の私はというと、紳士らしく品のある冗談をたまにボソッと言う程度である。というのも、私以上に(意図的か天然かはともかく)ボケボケな生徒が結構いるので、私が突っ込み役に回らねばならないからだ。ゴーストバスターズが(背負った掃除機で)悪霊を吸いこむかのように、たまに生じる「気まずい空気」を必死に吸い込んでは浄化している。そんな心中…ご察しいただきたい。

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