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2022年9月15日 (木)

女王の手

エリザベス女王が亡くなられた。たまにニュースなどで近況を取り上げられる度に「まだご健在なのか!」と驚かされていたが、いざ亡くなられるとそれはそれで驚きである。その人となりもその生涯も勉強不足でさほど知らないのだが、2005年春、私がカナダのカルガリーにいた時、何を隠そう彼女を見かけたことがある。とは言っても、コンビニで買い物をしていたとかではないし、モノマネショーでそっくりさんを見たわけでもない。その時のことを当時の日記に加筆しながら紹介してみる。

平日の昼下がり、バリュー・ビレッジというリサイクル・ショップに古着を買いに行こうと、Cトレインの駅に向かって歩いていた。ちなみに言うまでもないが、ビンテージや古着のお洒落を楽しむためではなく、シンプルにお金がなかっただけである。カルガリータワー真下の大通りに出ると、その通りを挟んで両側の沿道に大勢の人だかりが見えた。いつもの閑散としている様子とは大違いで、ただ事ならぬ雰囲気と妙な緊張感が漂っていた。歩みを止めてその中の一人に尋ねてみると、なんとエリザベス女王がカルガリーを訪問中で、しかも今からこの道を車で通るらしい。

私がそれまでの人生で見かけた有名人は、太秦映画村でサインをもらった松平健だけだった。私の叔母が「暴れん坊将軍」の大ファンだったので、その付き添いである。男前だがすごく地味な印象で、まさか後に金の衣装に白塗りの顔でサンバを踊るとは夢にも思わなかった。マツケンサンバの話はどうでもいい。とにかく、松平健に次いで生涯二度目の有名人がエリザベス女王とは、それこそ夢にも思わなかったのである。見逃してなるものかと人混みに身体を捻りこんで辛抱強く待つことにした。もちろん買い物の予定はキャンセルである。

しばらくすると、遠くから歓声が上がり、目の前を警備のバイクが通り過ぎていく。そして高級車の隊列がやってきたのだが、どの車両に女王がいるのか分からない。これは公式のパレードではなく単なる移動に過ぎないので、目印もないし速度もまあまあ出ている。その場にいる全員が、焦りと興奮の中、見逃してなるものかとじっと目を凝らしていた。日本よりもはるかに面積に余裕のあるカナダで、この沿道の人口密度は異常である。隣のお婆さんの迫力と圧がすごいし、何なら私の右半身に寄りかかられていて重い。後ろのインド系の人たちの体臭(香辛料、特にクミンによるものだと思われる)もすごい。そのお婆さんは勘違いしてか、お付きの人の車両に声援を送っていた。

数台、疑わしき黒塗りの車が通り過ぎた後、ひと際豪華な車がやってきた。窓は開いていて、そこから白い手がひらひら揺れている。女王は背もたれに深々と寄りかかり、完璧な笑顔と所作で手をひらひらと振っていた。凛々しい顔立ちはテレビで見たままである。目力がすごい。皆この光景を脳裏に焼き付けようと必死だったし、私自身、カメラを構える気にはならず、せっかくなら肉眼でしっかり拝見したいと思った。実際に彼女の放つ気品やカリスマ性を一瞬のこととはいえ感じることができた。

カナダはイギリスの支配地だったが、敵意というよりは友好の念が強い。一方で、隣国のアメリカに対しては不満や嫌悪感の方が強い。「brain drain」(頭脳流出問題)や移民の問題を含め、経済的、政治的な軋轢があるようである。日韓関係に限ったことではなく、程度の差こそあれ、どこでも隣国同士は仲が悪いのだろう。しかしながらこの歓迎ムードに反して、ネイティブ・カナディアンらしきホームレスの男性が、この状況にぶつぶつ悪態をついているのを目撃した。彼ら先住民に限っては、いまだイギリスは歓迎できぬ侵略者なのかもしれない。

女王の車が行き去って、群衆は流れだし、一般車両の往来が再開された。長く伸びるカルガリータワーの影を横切って私も駅へと歩を進めた。目の前に聳えるカルガリータワーを見上げて、そのまま西の彼方に視線を移していく。白い雪を冠したロッキー山脈が凛と居座っていた。まるで先ほどの白い手を振るエリザス女王のようだった。子供の時からお婆さんになるまでずっと女王であり、イギリスの歴史から何からをその身一つで背負ってきたのだ。あのゆらゆら揺れる白い手を思うと胸が熱くなった。


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