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2023年7月 4日 (火)

蜜柑マンゴー戦争

ふつう、「〇〇があるので、授業に行けたら行きますが、もしかしたら行けないかもしれません」といった場合、私の統計学上ほぼ来ない。単に引け目を感じるからそのように言葉を濁しただけであって、本心ではすでに休むことに決まっているか、8割がた休む方に気持ちは傾いている。その奥ゆかしさを否定するわけではないが、この弁を最後にもう欠席連絡はしなくていいと思うのはやめてほしい。こちらとしては、「来る」という含みを持たされているので、「来るはずがない」とは思いながらも、もしかしたらを想定して授業の準備をしなければならない。なので、再度きちんと欠席の連絡を入れるのがマナーであろう。

それとは逆のことも稀にある。数年前、ある生徒が修学旅行の帰りに大きな荷物を引きずって直接授業に来たことがあった。絶対来ないだろうと思っていたし、来なかったとしても咎める気など全くなかった。むしろ本人には「今日くらい家でゆっくりしたら良かったのに」と思わず言ってしまった程である。一応他の生徒の手前もあったので、これが当塾生としてあるべき姿だの、これで単語の試験の勉強もやってきてたらもっと良かっただの、調子に乗って鬼のようなことを言った気がする。ちなみに彼女は京都大学に合格した。

勘違いしないように言っておくが、どうしても休まなければならない事情もあろう。私だって体調を崩したら休む。最近も「ぎっくり腰」で数日間授業を休んでしまった(申し訳ない…)。また普段から定期テストで1回くらい休むのは構わないと言っているし、修学旅行だってお土産をもらえるから喜んで送り出す。しかしながら、中にはたかだか定期試験で2回も3回も休む生徒がいるわけである。その行為そのものよりも、その志の低さにうんざりしてしまう。確かに「一回くらい」と言うと「まあ、それくらいなら良いか」となるかもしれないが、その結果生じる授業のブランクを考えてみてほしい。高1の場合、およそ2週間も開くわけである。部活動ならそのブランクの長さや重大さが分かるのに、なぜに塾の授業となるとそのことが分からない?

当たり前のことは言いたくないが敢えて言う。はなから塾のある日は分かっているのだから、それを見込んでテスト勉強をしてくれないだろうか。2時間に満たない授業に参加するくらいで、支障の出るようなテスト勉強の仕方をするな。その2時間をはるかに超える無為な時間を日頃から過ごしているだろう。これまでの卒業生を思い返してみても、上位の大学に受かった生徒ほど定期試験の当日でも休まず、下位の大学に沈んだ生徒ほど定期テストとあらば条件反射的にとにかく休むのである。そして「定期試験はどうだった?」と訊くと、「良くなかったです」と答える(じゃあ、来いよと思ってしまう)。ともかく、たかだか学校の定期試験程度に振り回される者が、大学入試までの綿密な算段が立てられるとは到底思われないのである。

あともう一つ言わせていただきたい。「休む」ということは少なからず「遅れ」をとるということである。つまり、その後の「追いつく為の努力」や「抜けた個所を埋める作業」が必要になるわけだが、「前回の授業で何をやりましたか?」とさえ尋ねてこないのはどういう了見なのだろうか?まるで何事もなかったかのようにしらーっと授業に合流してこようとするのだが、明らかに前回の内容が頭にないから合流がうまくいっていない。解答を当てても「分かりません」を連発され授業の流れが微妙におかしくなり、私も他の生徒も気持ちよくスイスイ走れないのである。

さらに最悪な場合、復帰した日の単語試験の勉強さえやってこなかったりする。「なんで?」と訊くと、「試験範囲が分からなかったので」や「次の範囲のプリントをまだもらっていなかったので」とか、まるで小学生みたいなことを言う。当日までにそのプリントを取りにくるとか、最悪でも当日早めに塾に来てプリントを貰って試験に間に合わせるとか打てる手は複数あるだろう。面倒臭いのは百も承知であるが、それは授業を休む以上、覚悟して背負わなければならないハンデである。

当塾のように個別授業ではないが10人にも満たない集団授業においては、良い意味でも悪い意味でも、生徒同士は互いにかなり影響し合う。それは直接的な知識の交換だけではなく、意識やモチベーションの点において恐ろしいほどに感化しあうわけである。3年B組金八先生の話にあった「腐ったミカン」のように全員が腐りに腐ってしまうこともあれば、受験までに皆が「美味しく熟したマンゴー」となることもある。それは指導者の手腕に拠る所もあるのだが、生徒一人一人の高い意識が必要不可欠なのは言うまでもない。


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