父の日
また、あの"忘れられがち"な日がやってくる。普段はまるで空気のように扱われている父親に、ほんの一瞬だけスポットライトが当たる、年に一度の小さな奇跡の日である。せめてこの日だけは、父親という存在に目を向けてみようという趣旨の日なのだが、子供たちにしてみれば、母の日だけでも面倒なのに、さらに父の日が控えていると思うと気が重くなる。母の日のカーネーションのように、もっとはっきりとした父の日の定番を決めてもらえれば、子どもにしてみればありがたい。
繰り返しになるが、父の日のテーマとは「普段忘れているから、この日だけは思い出してあげよう」である。その唯一の日さえ忘れてしまったら、父親の存在はどこにもないことになってしまう。そう思って、授業中に「もうすぐ父の日だよね。何かするの?」とさりげなく啓発してみたが、「何もしません」や「無視します」という返事が返ってきた。うっかり忘れてしまうのはまだわかる。けれど「無視」を決め込むのはどうかやめてあげてほしい。
「僕はこの家の子どもじゃない!」と拗ねる子供のように、「俺はこの家の父親ではないんだ…」といじけてしまうかもしれない。生徒諸君、父の日の当日、父親は意外とドキドキしながら待っている。万が一にもあり得ないことは分かっている。期待すれば裏切られて傷つくのも分かっている。分かってはいるが、心の片隅に一縷の希望を抱いてしまう。そんな乙女のような父心を踏みにじらないであげてほしい。
贈り物なんてなんでもいいのだ。どんな小さなものでも、父親は勝手に妄想して尊敬や感謝をそこに感じ取ってくれる。たとえば、鉛筆の持ち手をナイフで削り、「ありがとう」と一言だけペンで書く。それだけで立派な手作りプレゼントになる。多くを語る必要はない。その一本を握りしめて「ほら、あげる!」と差し出せば、それで目を細めてくれるのだから。


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