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2025年8月 4日 (月)

夏の思ひで

「夏」と聞くと、熊本阿蘇の外輪山を車で走るイメージを思い浮かべる。阿蘇の町を囲むように外輪山が連なり、その尾根を伝うように観光道路が走っている。車は草原の波間を縫うように進み、やがて眼下に壮大なカルデラの風景が広がる。車の窓を全開にして走れば、涼しくさわやかな風が草や土の匂いを運んでくる。たまに牛の糞のような匂いが混じることもあるが、そんなときは全員、無言で窓を閉める。

しばらく走ると、不意に甘醤油の焦げた匂いが鼻孔をくすぐる。道路の脇にはパラソルや簡易の小屋が点々と現れ始め、焼きトウモロコシが売られている。「大観峰」というお気に入りの販売所に車を停めて、ようやく念願のとうもろこしに手を伸ばす。手ごろな岩に腰掛けて、眼下に広がる阿蘓の町を眺めながら、これ見よがしにトウモロコシにかぶりつく。まるで天守閣から城下を見下ろす戦国武将の気分である。ただその愉悦には代償もあって、必ずと言っていいほど歯と歯の間に粒皮が挟まってしまい、その日一日中イライラする羽目になるのだが。

このように「夏の思い出」を語ると、熊本一色となる。母の実家が熊本にあり、夏休みになるとラジオ体操やプールなどそっちのけで、毎年4週間近くも祖父母の家に滞在していたので、逆にそれ以外の思い出がない。

お盆の墓参りには、祖父の兄が営んでいた内牧温泉の旅館に立ち寄るのが恒例だった。与謝野晶子と鉄幹が泊まり、歌を残していったとか、源泉かけ流しで一切の調整をしていないとか、祖父はよく得意げに話していたが、当時の私にとっての興味はただ一つ、「あの大きな湯舟で泳げるかどうか」だった。体をさっと洗い終えると、祖父の目を盗んで潜水したり、クロールをしたりと、はしゃぎまわった。私にとっての夏のプールは、市民プールでも学校のプールでもなく、白濁した熱々の温泉だったのである。当然ながら長時間の遊泳は禁物で、すっかりノボせて湯上りに吐いてしまったこともある。

そんな思い出深い熊本の祖父が10年前に、そして祖母が5年前に亡くなった。叔母や叔父をはじめ、母方の親戚はいまも熊本で暮らしているものの、祖父母がいなくなったことで、どこか土地との縁が薄れてしまったような気がして寂しい。まるで「縁ある者」から「一観光客」に格下げされたような、そんな寂しさがつきまとうのだ。

歳を重ねるにつれて、かつては当たり前のように存在していた土地との繋がりや人との縁が、いつの間にか静かにほどけていくのを感じるようになった。そして、その土地を訪れる理由やきっかけも次第に失われていく。けれど、そうした寂しさを覚えるのは、かつてそこに「確かな居場所」があったからにほかならないのだと思う。

震災や豪雨に苦しむ熊本の姿を目にすれば胸が痛むし、熊本城の復旧の様子を見るたびに涙が出そうになる。例の温泉旅館も、度重なる災害とコロナ禍で経営が苦しかったと聞いたが、近頃はインバウンド客で予約がまったく取れないほど盛況らしい。かつて泳いだ湯舟が、いまは世界中の観光客に愛されているのかと思うと、胸に迫るものがある。いつかまた叶うならば、あの湯舟につかりながら、遠い夏の日々を思い出してみたい。

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